佐藤一郎さん

震災以前は飯舘村で、牛の繁殖と米農家を営んでいました。
集落営農組合の取組みで、自分の水田だけでなく、集落内の米の収穫の委託を請け負っていました。その当時は、コシヒカリ、ひとめぼれ、もち米が作付けされていて、大倉地区では酒米の作付けも行われていました。純米大吟醸”飯舘”の酒米です。

震災が起きて避難生活が始まるのですが、私の場合、人よりも牛の避難が優先でした。
繁殖、酪農、肥育、それぞれの畜産農家が、臨時に開かれた市場に牛を出荷して各地の畜産農家や業者の方々に引き継がれ牛を手放しました。
私は一部の牛達を手放し、残した15頭と一緒に避難し、避難先でも引き続き繁殖牛の生業を始めようと考えていました。

避難先は相馬地区でしたが、牛の飼育を行える環境が整った避難先を確保するのは、なかなか大変なことでした。沿岸エリアでご紹介いただいた候補地があったのですが、現地に出向くと津波被害に遭われた方々や施設の被害の惨状を目の当たりにすると、いたたまれない気持ちになり、とても牛を飼う気になれませんでした。
後に山間のエリアでもともと豚舎だった候補地が見つかったので、牛を飼い始めることを決意しました。
飯舘村から相馬へ通いながら移動先の豚舎を整備・改装し、8月にようやく牛達を移動させることができました。
我々は他のエリアの仮設住宅で避難生活をスタートさせ、牛舎と仮設住宅を往復する毎日でした。ようやく一旦落ち着きを取り戻し、今後のことを色々考えられるようになったのはこの頃からですね。
当時から必ず飯舘村へ戻って、かつての生活を取り戻すことを強く思い描いていましたので、避難解除になる吉報を日々心待ちにしながら生活していました。

平成29年に待ちに待った避難解除が通達され、新しい飯舘村での生活をスタートさせようと、相馬から飯舘村に通いながら元の牛舎の整備・補修に取り掛かりました。その準備に1年ほど要し、ようやく牛達を連れて飯舘村へ戻ってきました。
やはり、生まれた故郷はいいですね。
昔から故郷を想う気持ちは強かったのですが、震災で離れてみてなおさら実感しました。

肥育牛の飼育に力を入れて

現在は、私と従業員2名で現在の牛舎を運営し、繁殖和牛が60頭、仔牛は今年50頭くらい生まれて飼育しています。
帰村してから新たな取組みとして、肥育牛の飼育にチャレンジし、現在6頭の肥育牛を育てています。
肥育牛に挑戦して3年目の2022年、初出荷しました。飯舘村の「飯舘牛復活プロジェクト」のはじまりでした。

道の駅までい館で精肉を販売会を行ったのですが、30分程で完売したと聞いて、待ち望んでいる消費者の期待感を肌で感じました。
みなさん「飯舘牛は美味しかった、また食べてみたい」と思ってくれていたんですね。震災前の飯舘牛の知名度は抜群になっていましたし、ブランド化に関わった方々全員に熱意がありました。できるのであれば、飯舘牛ブランドを取り戻したいと強く思います。

ただ、そんな思いを抱いて肥育牛飼育に取り組んでいるのですが、そのゴール達成にはまだまだハードルがある状況です。
肥育に取組む畜産農家がまだまだ少ない、肥育牛舎の整備・新設、かつて村の振興公社が取組んでいたあの勢いと情熱、いろんな方々の関わりと後押しが一丸となる必要があると考えています。

飯舘村は標高が高く、冷害に悩まされ、それ故に葉タバコを筆頭に複合経営でいろいろな作付けを行なって農業をなんとか成立させていたのですが、そこに「飯舘牛」というブランド牛の取り組みが新たに加わり、約20年の歳月を経て新しい産業事例の成功という光が差しはじめたのです。村興しは「飯舘牛」に牽引され、政策も村民の暮らしも、とても生き生きとしていました。それを震災で全て失ってしまったんですよ。

「飯舘牛」を村の基幹産業に

村の復興は様々な意見や考え方があるようですが、私は畜産農家ですから、あの頃の飯舘村を取り戻すためには、肥育の牛が一頭一頭増えていくことが、経済を押し上げ、村の情報発信にも寄与し、復興の推進力になると思っています。
飯舘牛が復活した!となればなおさらじゃないですか。人々が飯舘村に訪れる魅力にもなりますしね。
現在、飯舘村には肥育農家が3軒、繁殖部会で顔を合わせると、こうした未来像を話し合います。かつての村興し的な勢いや雰囲気はありませんし、新規で肥育牛飼育に取組む畜産農家を増やすには専用牛舎を建て、尚且つ経営の道筋が立たないことにはなかなか始められないでしょう。
我々は情熱だけで牛の肥育に取り組んでいるのが現状です。
元手となる仔牛の市場価格が数年前までは80万100万なんて市場でしたが、今はその半分です。
ウクライナ情勢を機に燃料・牛の飼料がとても高騰していますし、それに伴って肥育牛の飼育コストも上がっていますので、こちらの市場も停滞しています。
飯舘村全体でこの難局に取組んで、飼料の自給率アップ、それに直結する作付けの推進、牛舎の整備など、一丸となった取組みが実現すれば、乗り切ることもできるし、新たな「飯舘牛」を中心とした産業を取り戻すことができるのではないでしょうか。
大好きな故郷のため、私はまだまだ諦めません。

 

2023年10月19日、「飯舘牛復活プロジェクト」の取組みで、道の駅までい館を会場に、飯舘産黒毛和牛の精肉を販売します!ぜび、飯舘村にお越しいただき、ご賞味ください。