高橋日出夫さん

綺麗な花をたくさん咲かせたい

東日本大震災が起きた後、避難勧告を受け、私たちは福島市松川町下川崎上ノ内という地区に避難しました。避難先は、私たち夫妻と同年代の方々が多く、みんな親切で優しくしてくださり、とてもありがたかったです。
松川町では、畑を借りることもできて、自家用野菜を栽培していました。
隣の飯野町に、娘の旦那の実家があり、畑を貸してくれたので、村の支援事業に応募して、花の栽培を再開するために、ビニールハウスを建てました。避難生活中も途絶えることなく、花と野菜の栽培に従事できたことは、とてもありがたいことでした。

震災で、村に放射能が降りたと聞いた時はとてもショックで、一緒に農業をやっていた息子は、早々に離農を決意しました。計画避難期間中は、悪いことばかり考えてしまい、心が折れていた自分を妻が前向きに励ましてくれました。
やがて避難解除の時期が訪れ、満を持して帰村した際には、真っ先に帰村後の農業支援策に手を上げて、新しい環境で、花の栽培を再開しました。
今期で7作目。避難先もとても住みやすかったのですが、やはり、飯舘村が私の故郷だなと感じています。

花は、かすみ草にトルコキキョウ、アルストロメリアの栽培に取組んできました。
アルストロメリアの苗は、高価で4年しか使えません。ハイリスクで栽培にとても気を使いましたが、育苗会社の助言や支援のおかげで安定し、上手に育てることができるようになりました。最近は、ハイブリッドスターチスの栽培に力を入れています。市場評価も高く、今後の展開が楽しみです。

「いいたての花」が村の基幹産業になる未来

帰村して真っ先にやりたかったのは、「いいたての花」を箱に表記して出荷することでした。これが実現したのも、約20軒の農家が村を代表する産業として、花の栽培に取組むことを見据えられている証だと思っています。

私自身は、飯舘村を取り巻く現在の環境に満足しているわけではないのですが、そんな中でも頑張れば、「もっといい未来がやってくる」と考えています。

自分の仕事に関しては、新しい目標を掲げて、栽培技術を磨いて、収量と収入を増やそうと研究しています。少なくともこの村には、取組み次第で成功できる環境や土壌、知恵は揃っていると思います。

生産者がそれぞれ頑張れば、もっと楽しく幸せに仕事ができるようになる仕組みが確立される未来。飯舘村には、そんな期待をしています。

<お問い合わせ>
飯舘の花出荷組合(会長 高橋日出夫)
連絡先:090-6254-1041