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トップページ > 村長の部屋 > 平成31年 年頭訓示(平成31年1月4日)

平成31年 年頭訓示(平成31年1月4日)

印刷用ページを表示する 掲載日:2019年1月4日

皆さん、おはようございます。

今日から平成31年です。改めて、明けましておめでとうございます。

 たった6日間の年末年始、しかも大雪の中でしたがいかがだったでしょうか。建設課とか除雪にかかわっていただいた方は年末休みどころではなかったはずであり、大変ご苦労さまでした。

 さて、人が年を数えると時、この平成31年は4カ月だけですから、新しい年号の元年として数えられるようになるはずです。よって、将来この4か月はあまり記憶に残らない平成31年の4か月かもしれませんが大切にしていきたいものです。そしてそれ以上に、新しい名前の元年となる9か月をさらに充実した年にしていかねばなりません。

 全村避難から数えて9年目の年に入ります。長泥を除いての避難指示解除後の3年目の村政執行です。多分、これまで以上に課題が多い年になることでしょう。皆で力を合わせてやっていかねばなりません。ところで、村民はもちろんの事、村にとっても、とてつもない経験をしてしまった、させられてしまったと言って良いでしょう。

 しかし、捉え方や考え方を変えれば誰もが経験できえない人生を歩めたということが出来ます。そのように飯舘村は一貫して、出来てしまったことを悔い続けるのではなく、少しでも前を向いて村の再生へもしくは新しい村づくりへと務めていこうではないかという考え方で進めてきたことは、皆さんも承知のことと思います。

 このような村の対応に対し、村民のすべての方とは言いませんが、納得はせずとも同じような考え方で頑張ってもらっている方が、結構おられるのではないかとも思っています。そのような村民の前向きさは、私たち職員にとっては正に救いであり、かつ又、私たちが汗してきた結晶でもあります。

 私たちの足跡はこれまでも、いっぱいつくってきました。大きいものの1つに除染対策などでまだ大騒ぎをしていたあの時点で他の自治体の汚泥や農業廃棄物を受け入れるという蕨平地区への焼却炉建設にOKしてきたことがあります。そのことによって、何百億ともかかっているという村民の家屋解体や村の施設の解体が進められている訳です。

 さらに、今の段階ではフレコンバッグの再利用という日本初のことが地元の理解を得て、現在進行中でもあります。いずれも村の大所高所からの判断に行政区の皆さんや議会がさらなる高所から理解を示してくれたから進められたことでもあります。

 一方、2万本以上ともいわれるイグネの伐採、畜産の村ゆえ草地の賠償費は畑の賠償額で、そして600件に及ぶ昇口舗装などは、村の前向きさに国が理解を示してくれて特例的に判断を下してくれたからでもあります。すべて、村の前向きさと熱意の結果に他なりません。幼小中の仮設校舎の方はただちに止めて、村の校舎でというのも他の自治体との大きな違いでもあり、それが今の園児・児童・生徒数につながっているはずです。

 一昨年の3月31日の避難指示解除にあたっては、「忘れないでください」とは言わない村にしようと県内に強いメッセージを出しました。そのかわり、忘れられなくするため私たちが常に前を向いて、新しい村づくりに務めていることを情報発信していけば5年後でも、10年後でも忘れられないでいけるはずではないのか・・・と。

 また、昨年の3月11日を「あたり前のことを、ありがたいと思う日」にしていこうと決めました。それが今回、東京のNHKの目にとまり、大晦日に「嵐」によって全国に紹介されもしました。この広告は、民報の広告の賞でモノクロの部で金賞になりましたし、合併60周年の広告は全国で表彰されもしたところです。

 「あたり前をありがたいと思う日」はあと2か月ちょっとで第1回目がやってきます。そんなエピソードがありましたら・・・と全国募集中ですので、どんなものが出てくるか楽しみです。「ふるさと納税」の「ようこそ補助金」では、200人近くの方が村に足を運んでもらっています。「ふるさと住民票」では多くの方々が登録してもらって、村を訪ねてもらっている方が増えつつあります。

 その他、それぞれの課でいろんな再生事業を進めてもらっていますが、これすべて、職員はもとより家族と離れながら村の応援に来ていただいている多くの方々のお力添えがあって進められているものばかりであり、あらためて感謝をしつつお礼申し上げます。物事を「ネガティブ」に捉えるのではなく「ポジティブ」に考えていこう。「災いを転じて福となす」とはこれすべて、村から村民への問いかけであり、一方で村としての村外への強いメッセージであり、情報発信でもあります。

 このようなことは、もともと、村に「地区別計画」というものがあって常に「自主自立が自分の地域を良くすること」「自分で汗しない限り、自分の地域の発展はないですよ」なる村の哲学があったから言えたこと、進められたこと、そして出来えたことと言ってもよいでしょう。そういう意味で、先人の村づくりの進め方に感謝しつつ、継続していかねばなりません。

 今年度から村としては、初の5年という中期の第6次総合計画づくりに入る年でもあります。基本的には「心の豊かさを味わえる」そして「自然や人間の素晴らしさを感じられる」さらに「チャレンジの大切さ、おもしろさを心に刻める」そんな内容が盛り込めたらいいなとも考えているところです。

 長いこと、村の子どもたちにご指導をいただいている柳田邦男さんは「知の地域創造」という新しい発想が必要だろうと唱えていました。

 どういうことかと言うと、経済とは対照的な心や、知的生活、子育て、健康、老後の暮らし、あるいは文化活動、人のつながり、一緒に何かすること、祭りなど幅広いさまざまなものを指すというとこでした。

 そして大したお金をかけなくとも「今日は楽しかったね」「ここは楽しい村だね」「わがふるさとは、良いところだね」と言いつつ、毎日を過ごす人生が開けるのではないか…とも。

 自分の財を増やすより、人と人とのつながり合い、笑い合える生き方へと価値観を転換していく時代でもあろうと記してありました。

 中々、優しい事ではないかもしれませんが、平成の大合併でも合併せずにふるさとを守ってきたわけですから、柳田さんの思いのようなものを次世代にバトンタッチしていくことが私たちの使命であると強く思っているところです。

次の話に移ります。

 時代は大きく変化しているので「柔軟な考え方」「バランス感覚」が必要だということ、人に言う言葉というよりは常に自分に言い聞かせるために言ってきたことでもあります。それ故、本屋に入った時、「人口減少の日本、これから起きること」の副題がついた本を買い求めてみました。

2020年には、女性の半数が50歳越え。

2024年には、全国民の3人に1人が65歳以上。

2039年には、火葬場不足。

2040年には、自治体の半数が消滅。

2035年には「未婚大国」が誕生する等々です。

 大変刺激的な項目が並んでいました。あくまでも予測でありますから、そこまでいかなくともそれらに近い世の中に変わっていくかもしれないなと思った次第です。少なくとも、あと22年後に飯舘村が消滅しないようにしていく責任は、我々村の職員にあるということを自覚しなければなりません。また、この本の末尾には「次世代のために、今我々が取り組むこと」なる「日本を救う10の処方箋」なるものが示してありました。

10の処方箋の中に、私たちが少なからず、進めてきたものがあったので紹介してみます。

 1つは、労働力人口が縮まざるを得ないのだから考え方を変えて「小さくともキラリと輝く国」を自分たちでつくり上げていくしかないとありました。「輝く国」は「輝く村」と置き換えられます。私たちは小さな自治体でしか出来えないことを村はこれまで積極的に進めてきたはずです。

 2つ目は、「24時間時代からの脱却」とありました。これはどういうことかというと、つまり「便利過ぎる社会」からの脱却ということです。「過剰サービス」を見直すことだということです。

 日本の便利さは先進国の中でも突出しています。自動販売機、コンビニなど24時間365日です。この利便性が日本の経済を成長させてきたことは事実でもありますが、そろそろ不便さを売りにする村があってもよいのではないかと思った次第です。島根県の海士町のキャッチコピーは「ないものは、ない」と堂々と言い切っています。

またその本の処方箋の中には「セカンド市民制度の創設」との提案もありました。

人口減少時代ゆえ、「関係人口」や「ファン人口」のリピーターを増やし、町のファンクラブをつくることではないかとも書いてありました。

今、村は正に移住・定住交流対策室をつくり「ふるさと住民票」なるものを考えて進めているところです。

 村のファンにアイディアをもらったり、祭りやイベントに参加してもらったりする訳ですが、その時に大切なことは私たちの中にその方々が「活躍できる場」や「居場所」や「出番」が用意されていることが必要とありました。とても大切なことですね。正にそれらの人が足げに通ってもらえる「魅力」と「仕掛け」が私たちに必要だということを頭に入れておかねばなりません。

 もう1つ、同じことを言っているのですが「なるほど」と思う考え方をある新聞記事から考えさせられたことがありました。イギリスの女性大学教授の「キーワードはドーナツ」という提案です。

 どういうことか…というと、これは私が震災以来あらゆるところで話をしてきた「地球が2つ必要です」という新聞広告と同じことだと思ったので、つい気にとめたのでした。「地球が2つ必要です」という新聞広告は、「地球は1つしかないのだからその中の資源で暮らせる生活をしていきましょう」ということを訴えている広告で震災以来何回も新聞に出ていました。彼女の「キーワードはドーナツ」の方も同じように右肩上がりの成長に疑問を投げかけ「ドーナツ」の中で、暮らしていくことが大切と言っていることでした。

 地球環境を悪化させないために、大きな円を描きその円の中で、食糧、医療、教育など9項目にわたってその円を越えない範囲で何事も進めていくことが大切ではないかということでした。

 すでに気候変動など4項目が円を越えているので、皆で何が課題なのか、何を取り組まなければならないのかをしっかり意識しながら対策をということでした。それらの改善のために、1つは「生産と消費のあり方」をとありました。

つまり使い捨て社会から再利用を計っていくという循環型社会を進めていかねばということです。

 そして、もうひとつ彼女が言っていることは、富の再配分・分配をしていくことが必要と書いていました。全人類がドーナツの中に入って暮らしていくためには、所得と富の格差を少しずつなくしていくことが大切と。今、世界は自分の所だけ良くなりたいという、いわゆる「ファースト主義」のオンパレードになっており残念でなりませんし、とても心配なことです。

 彼女の最後の言葉は、いずれにしても経済成長に頼れないという大変しんどい話になるので、一方で遊び心をもつことも、そして笑顔を絶やさないという中で進めていくことが大切ではないか…という話で結んでいました。

 飯舘村が「スローライフ」を「までいライフ」と名を変えて進めてきた事、決して間違った方向ではなく、むしろ先の先を見越していたと言っても良いでありましょう。そして、もしかしたら、この原発事故による災害は今まで話をしてきたことを進めていく「チャンス」と捉えられるのではないかとも思った次第です。

最後の話題に移ります。

避難指示が解除されて、3年目に入る年度です。

31年度から少しずつ「自己負担を求めていく」という流れをつくっていきたいと考えています。

 「ものごと」には「優しさ」と「厳しさ」が必要だということは誰もが論をまたないことでしょう。何事も将来に向けての「優しさ」は必要な投資でありますが「過ぎたるは及ばざるがごとし」でもあり、弊害にもなりかねません。「優しすぎ」というのは場合によっては、日本人本来の持っている「自主・自立」の精神を損ないかねないからです。「神田川」の歌ではありませんが「あなたの その優しさが 怖い」とならないようにしなければなりません。

 一方で、病気の方や障がいを持った方、また母子家庭などその他、弱い立場の方にはもっと手を差し伸べていかなければなりません。気の毒な方を助けつつ、村全体で自主自立を促していくという仕掛けを政策の中にどううまく組み込んでいくかが、問われる年であろうと思っています。震災後の新しい村づくりには、村民が自分の両足でしっかりと立ってもらうことが絶対必要なことです。

 そのような事を村の職員として、仕事を進めていく上で大切になってくるものの1つに「コミュニケーション力」というものがあると、私は思っています。相手に真意を伝えるための手段として。それは役場の中で上司や同僚とうまく付き合っていく上でというより、仕事を円滑に進めていく上で、とても大切な資質なはずです。今年度の新人の自治研修センターの復命書にもありましたし、何年か前の職員の復命書の資料の中に「ホウレンソウ」が大切だというのがあったので大切に取っておきましたので、あらためて開いてみました。「ホウレンソウ」つまり「報告」があり「連絡」が大切で、かつ「相談」もとのことです。

 このやり方次第で、職員の評価にも大きく左右しますとも書いてありましたし、そのホウレンソウを余りしていない部署もあるのではと思ったりもしました。

ちょっと拾ってみます。

 まず「報告」の1つ目のポイントは「悪い報告は絶対に隠さないこと」、2つ目のポイントは「相手のことをよく考えて報告するように」と。そして、3つ目は「要点を明確にして」とあったようです。つまり、新聞記事のように、まず見出しで訴え、その内容の説明をじっくりということでしょう。新聞は見出し次第で読むか読まないかが決まるはずですから。

 次に、「連絡」のポイントは何かということ、こんな風に書いてありました。第1のポイントは、「責任を他人に押し付けない」です。当たり前のことですが、人は応々にして「自分には責任がない」と言って評価を下げたり、信頼性を失ったり人間性が問われることが、よくあることだということでしょう。

第2のポイントは、「相手に連絡が間違いなく伝わったかどうかを必ず確認しておくことが大切」ともありました。

最後に「相談」のポイントです。

1つ目のポイントは、「問題解決のためには、積極的に上司を利用することが大切」とありました。大いに利用してみて下さい。

2つ目のポイントとして、「相談は、信頼感や人間関係を深める手段と考えることが大切」とありました。若い職員の復命書からの拾い話ですが、大いに参考になるような気がします。

 もう1つ、人の評価に「センス・感性のなるなし」もあるとよく言われます。センス・感性とは何か?多分それは、「見分ける才能だ」と私は思います。良いものと悪いものがはっきり分かる。正しいことと間違っていることの判断がしっかり出来る。どちらとも付かないことはそのように、はっきり認識できる。それも表面的なことばかりでなく、かなり深いところ、本質的なところで分かるということですね。

このセンス・感性は生まれつきのものではなく、「後天的に磨かれたもの」がセンスであり感性だとよく言われます。

自分で磨くには、2つの方法があると。

1つは、出来るだけ本物に多く接することだそうです。

分かっても、分からなくとも本物の音楽とか絵、あるいは人の心を揺さぶる映画とか人の話、本などでしょう。その他もあると思います。

もう1つは、利害損得の世界から離れて純真で素直な気持ちになって、すべてのものに接してみるということでしょう。自分の身に水を引くようなことがないように。

そうすると、今まで見えてこなかったものが見えてきたり、聞こえてきたり感じられるようになると言われています。

 そのようなことでは、公務員は不得意の職種と言われていますし、実際、進めずらい環境があるというのも分かります。しかし、ちょっとだけこのようなことを頭の片すみに入れておくというだけでも違うのではないかと私は思っています。

 そういうことは、多分職員として大切というよりは、一人の人間として自分が生きていく上で身に付けておいた方が何かとプラスになり、人生の糧になる要素であるということです。

最後にもう1つ、日本固有の義理人情の世界では、応々にして「ギブ アンド テイク」が大切な要素のはずです。ギブをしたらいずれテイクがあるものなのだと。

 でもこれからの時代というより、この大変な災害に遭ってしまった飯舘村ではこの「ギブ アンド テイク」という考え方だけで良いのだろうかと思うようになりました。「ギブ アンド テイク」よりはむしろ「ギブ アンド ギブ」になっていくことが求められるのではと。そうすることで、恩知らずの人間は居なくなるし、与えてもらうより、与える方がはるかに、心地良いことだと分かってくるのではないかとも。

 先日、役場のある女性職員にこの「ギブ アンド テイク」より「ギブ アンド ギブ」の話をしたところ「ある方にギブをされたとしても、その方が私から必ずギブを受けることがままならないということもあるんじゃないですか。その代わりに違う人が私からのギブを受けることは出来るかもしれないですよね」との話をされていました。正にその通りであり、そういう考え方もありであり、むしろ「すばらしい考え方」と勉強させられたことでした。私が避難指示解除以来、村の再生の大きなポイントに「心のシェア」があるとあらゆるところで言ってきたことに通ずるものです。

相変わらず、長話をしてしまいました。

 1月4日の仕事初めの式と4月1日の年度始めの式のあいさつは職員の皆さんに、私の思いを伝える唯一いや唯二の機会ゆえ、ついつい長くなってしまいます。それ故、村長就任当初から、イスを用意してもらっているところです。

 新しい年、何が変わる訳でもありませんが、やはり心が新たになります。新しい気持ちになったところで、心をひとつにして新しい村づくりに皆さんの力を貸してください。

今年もどうぞ、よろしくお願いし、年頭の訓辞とします。

ありがとうございました。

 

平成31年1月4日 飯舘村長 菅野 典雄