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飯舘村へ行きたい!

印刷用ページを表示する 掲載日:2019年6月5日

 年号が平成から令和に変わりました。

 平成の天皇皇后両陛下は令和になって上皇ご夫妻という呼び名に変わりましたが、飯舘村のことを、なぜか大変気にかけていただきました。 「飯舘村へ行きたい」という強い要望で私的旅行という形で村を訪ねていただきました。旧仮設小学校校舎で「までい」について詳しく説明させていただいた後、避難指示解除になっていない地域に初めて入られ、 菊池製作所の職員の方々を激励していただいたのでした。

 今回、新聞紙上で知ったことですが、美智子様は、小さい頃から本が大好きで、 「特に『でんでん虫のかなしみ』という童話が心に残っています」の記事に私は大変心を打たれたことです。

 その童話は、あるでんでん虫が他のでんでん虫に「自分は背中の殻に、悲しみがいっぱい詰まっていて、とてもつらいのよ」と話をしたら、 「私の背中にも、悲しみはいっぱい詰まっている」と応えたという内容のようです。

 それで「生きていくということは、楽なことではないのだということが分かりました」と、そして暗い話なのですが、私は決して嫌いではありませんでした。とのこと。

 小さい頃から、そのような想いがあったからこそ、民間人として初めて皇室に入られての大変さを乗り越えられ、理想の皇后様になられたのでしょう。

 また、そのような想いがあったからこそ、避難している飯舘村へ心を寄せていただいたのではと私はかってに想像してみたところです。

 この童話には、もう1つの内容が込められているそうです。それは、 「となりの人にも、関心をもちなさい」です。上皇ご夫妻に想いをかけていただいた飯舘村、現在のこの大変さは私たちだけでなく、 大なり小なり、 誰にもあると考えれば、 「お互い様」の気持ちを常にもって、新生「いいたて村」をつくっていかねばならないと改めて強く思いました。村を離れられる時の美智子様のお言葉は「までいの村を残して下さいね」でしたから。


令和元年5月13日
飯舘村長 菅野 典雄