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平成30年度 年度初め訓示(平成30年4月2日)

印刷用ページを表示する 掲載日:2018年4月10日

飯舘村長 菅野 典雄


 皆さん、おはようございます。

 4月1日の昨日は「こども園と学校の開園・開校式」ということで、すばらしいスタートをきらさせていただきました。行政のスタートは今日からです。

 震災以来、8年目の年に入ります。長泥を除いての避難指示解除後2年目の年でもあります。村にとって、今年度も大事な大事な年度になるはずです。皆さんの力を借りて、より一層の飛躍をしていきたいものと考えていますので、どうぞよろしくお願いします。

 今年度は、こども園の開園ということもあって9名というかつてない新入職員の方が入っていただきました。さらに、任期付きなどの形で村の職員になられた方も数多くおられます。いずれの方々も新たなスタートになりますが、それぞれ持っておられる力量を最大限に発揮されて村の再生に力を貸していただきたい。

 今年度は復興計画のコンセプトである「ネットワークの村づくり」を実質的に進めていく年度といってよいでありましょう。したがって、「移住・定住・交流」の大幅なソフト予算を組みましたし、担当職員も配置をしての取り組みです。先日発表した「ふるさと住民票」制度も「ようこそ補助金」もその流れの一環です。ふるさと住民票はすでに70人くらいから手が挙がっているようです。

 子どもたちの教育費を無料にしたのもその主旨のものです。今年度はまた道の駅に「座右の銘」を募集して「言葉で未来をつなぐ」的な事業もスタートし、他との交流を深めながら村の再生を図っていければとも考えているところです。

 もちろん、これらの事業以上に村にとって大切な事業はめじろ押しです。住宅補助が切られるまで後1年、避難されている村民への対応が大仕事です。農業基盤の再生や商工業のさらなるステップアップもやらなければなりません。福祉・介護・医療の充実も 足の確保から始まる村内の生活基盤づくり等々、これまで以上に重要であり、多岐にわたっているものばかりです。いずれの事業も1つ1つ村民の声を聴きながら1つ1つ丁寧に進めていかねばなりませんが、それが村民に伝わるようにしていくことが大切です。よく、ある議員から「マスコミ先行」とか「かっこつけ」などと非難されますが、我々の努力が村民に伝わらなくてカラ回りするようでは村民にとっても職員にとっても何らプラスにはなりません。

 1年前の3月31日、村では「おかえりなさい式典」を実施しましたが、その折、新聞に次のようなメッセージを載せたことを思い出してください。

 いいたて村は「忘れないでください」とは言わないことにします。なぜならほかの災害をずーっと忘れないでいられる自信がないからです。そのかわり、原発被害にあった飯舘村が忘れられないようにするため、これから先この災害としっかり向き合い かつ前向きにとらえ、新しい村づくりの姿を発信し続けていきます。「あー、あの飯舘村、今もがんばってんだな」‥と
「あれ、飯舘村って全村避難させられて大変だった村だったよね」‥と
忘れられない村へ、そして訪れてみたくなる村へ。

 こんなメッセージを載せたはずです。

 そのようなこれまでの村の前向きな姿に多くの方々の共感を呼んだり、応援・支援があったということでありましょう。ふるさと納税の返礼品がないのにもかかわらず2年ちょっとで8億円近くも村に思いをかけてくれた方がいます。義援金という名目でもこの7年間、5億以上になっているはずです。「いいたてっ子未来基金」にも2億円以上入っており、子どもたちのあらゆる事業に使わせてもらっているところです。そのような支援があったからこそ今回、学校改築、スポーツ公園などに自主財源を5億円も出せたということになります。

 後ろ向きな自治体に、あるいは被害者意識の強い町や村にだれが応援してやろうという気になるでしょうか。そのようにいろんな角度からものを考えたうえで 大局に立って物事を進めていくことが大切ではないかと思ってます。

 もう1つ大局の話をします。

 経済第1で進めてきて、損か得かの間には、いろんな価値観があるということを私たちは忘れてきてしまってきたのではないかということです。価値のすべてがデジタル化になってしまったのではないかとも。時代は少しずつ大きく流れてきています、変わってもきてもいます。

 他力本願から自力本願に移ってきています。中央集権から地方分権へ変わってきている。タテ社会からヨコ社会へ、画一的思考から多様性へ、既製品から手づくりへ、そして物から心の時代へと、まだありますか。スピードからスローの社会へ、足し算の世界から引き算の世界へ、お金の世界からいのちの世界、こころの世界へ。成長社会から成熟社会へ。「大きいことはいいことだ」から「小さいことはいいことだ」の考え方へ等に時代の大きな流れがありますそのような中では柔軟に、かつ、したたかに行政を進めていくことが求められているものだと思います。こりかたまった考え方でそのような時代の変化や流れを読みきれなくなっては他の自治体との競争に勝てるはずもありません。わが村も、皆でそれなりに頑張ってきてはいましたが、全国には我々よりもさらにもっと先を進んでいる自治体はたくさんあるということです。

 我々とて村民のため引き離されていくということがあってはいけないということでしょう。ただ、新しいこと、斬新なこと、前へ前へと進むことだけが良しというわけでもありません。先日の3月11日の日を「当たりまえをありがたいと思う日」にしようというのがありました。毎日の平凡な生活にも目を向けよう。足元を見ることも大切ではという村の姿勢を示したことでもあります。このような考え方もきっと多くの共感が得られるのではないかと思います。中々、口で言うほど簡単ではありませんがこの1年頑張りましょう。

 2つ目の話は「心のシェア」の話です。

 7年間に及ぶ避難生活によって家族の姿も各行政区の形も村の人口も変わってしまいました。そのような中で物事の解決のキーポイントの1つに「心のシェア」、つまり「相手の立場に思いをはせる」「心を分け合う」ということことがあるのではないかと私は思っています。もっとわかりやすく言えば、いま世界中で「自分ファースト」や「自国ファースト」の流れがはびこりつつあるようですが、わが村は「お互いさま」の心を持つことが、この難局をのりきる1つの解決策や復興案になるのではと私は思っています。そのことを2つの例をもって、わかってもらえればと思います。

 その1つは、普通の旅に飽きた人が、変化のある旅をしたいのだが「何か変わった旅はないだろうか」とお寺のお坊さんに尋ねたという話です。
「それでは、天国と地獄のツアーはいかがでしょうか」と。
「それはおもしろい。ぜひ案内してほしい」と。
まず、地獄に行ってみると大きなテーブルのまわりに、片手を縛られた10人の方が座っており、目の前のテーブルの上に1メートル以上の長い箸とおいしい料理が並べられていたそうです。やがて「始め」の合図でみんな食べようとするが、なかなかその長い箸ではせっかくの料理を自分の口に運ぶことは出来ず、床にぼろぼろとこぼすのみだった。
「さあ次は天国の旅へ」と連れていかれた所には、先ほどと全く同じ状態で10人がテーブルをかこんでいたそうです。
「地獄と同じじゃないですか」
「まあ見ていてください」
ということで「始め」の合図を出したそうです。
その掛け声とともに10人は長い箸を使ってごちそうをはさむと、向かい方の人の口に運んであげて
「あー、なんとおいしいこと」と食べあっていたそうです。
さて、人間どちらの生き方がいいのかということです。

 もう1つの話は、よくある一般家庭の話です。

 中学生の息子が朝食もそこそこに学校に飛び出して行くとき、床にあった灰皿を蹴り飛ばしてしまったそうです。
「こんなところに置いているから悪いんだ」と叫びながらドアをあけて学校へととびだしていってしまった。新聞を読んでいた父親が
「お前がぎりぎりまで寝てるからだ、足元をよく見て歩け」と。
台所にいた母親は「あんたが床に灰皿を置いていたから悪いのよ」と非難の声を上げたそうです。三人三様、自分以外の人が「悪い」と言っているわけです。

 もう1つの家庭は、同じことがあった時、息子は「ごめんなさい」と謝り学校へ。父親は「いや、俺が出していたからだ。すまない。」と、母親は「私が片付けておけばよかったのに、すみません。」と三人三様自分の足らなさをわびてたということです。非難し合った家庭は貴重な朝の時間をみんなで不機嫌になり、他方は、同じことが起きても朝から機嫌よく過ごすことができるということです。

 私たちは、気をつけないと「悪いのは私じゃない」と何かにつけ思いがちになってはいないだろうか。家庭でも職場でも社会でも非難し合っている限り平和は訪れてきません。
しかし、いつも「あやまってばかりでいいのか」というと、そうでもないということがあります。あやまる必要がなく、相手にきちんと「詫び」や「反省」を言わせることも、又大切なことであります。それを指示しないということはさらに悪いことにもなります。物事をあいまいなままでは何事も進まないし、「なかよしクラブ」ではいけないことでもあります。気を付けなければならないのは、自分の落ち度やミスや頑固さを棚に上げて、他人を責めてはいけないということだと思います。以後、私も含めて、気を付け、明るい職場や家庭や村にしていかねばならないと改めて思ってますので、職員の皆さんも「心のシェア」「分け合い」を大切にしてください。

 大きな3つ目の話に入りますが、小さい話を3つさせて下さい。

 1つ目の話は、「人間は感動を求める動物」ということです。いくら物が立派でもそこに感動がなければ、2度とやってこないということです。人口減少の中、「ネットワークの村づくり」、「移住・定住・交流」を進めても村の中に感動がなければ人は集まってきません。ひとは そこに心の交流がない限り決して「村のファン」にはならないということです。感動や物語がリピーターを多くしていく最大の武器だと思います。したがって、私たちは、人に感動を与えるのにはどうすればよいのかということにもっと努力していかなければならないのではないでしょうか。美しい笑顔もやさしい言葉もその1つであるかもしれませんが、とにかく感動の物語が必要です。

 2つ目の話です。付き合っていて一番安心できるタイプの人間はどんな人かというと、「何事にもプラス思考で考えられる人」という話はよく聞く話ですし、そのような本も多く出ています。

 飯舘村は、この想定外の災害にあっても、常にプラス思考できました。したがって、国も気やすく足を運んでくれてますし、またウルトラCの案も考えてもらっているといってよいでありましょう。それがまた、村への評価となり多くの方の応援・支援につながっているということです。これらすべて、皆さんが大変な中、不便な中、苦労をいとわず努力してきて結果の何物でもないということです。村の前向きさに自信をもってやっていきましょう。これまでの自分の仕事に堂々と胸を張っていい事だということです。

 3つ目の話です。今から30年近く前の話です。今の「地方創生」という言葉はそのころ、「村おこし・町づくり」ということばが使われていました。村が「何もない困った村」から「やっぱり前を向こうや」、「ないものねだり」より「あるものさがしをしよう」という気運が出てきたころの話です。
私はその頃よくこんなことを言っていました。
「自治体に公私混同する職員が3~4人いれば、そこの村おこしは動いていくはず」と。

 先日も久しぶりにこの話をしたら、新聞に大きく載ってしまいました。早速「私もそう思っているんだ。同感。」とわざわざ訪ねてきてくれた方もおりましたが、一般的には誤解される方のほうが多いだろうなと思います。

 何を言いたいか、1月4日の訓辞でも話をしたことなのですが、私たち公務員の究極の狙いは、村民をいかに前向きに向かせ、自分の人生を豊かに楽しく過ごしてもらうかということです。これが目的です。そのための手段として毎日の各課の仕事があるということでしょう。毎日の仕事に追われ忙しくなると ついつい目的と手段を取り違えたり、忘れてしまったり頭からぬけてしまうということがあります。そのような時でも公務のかたわら別のところで村民とつき合っていれば村民と同じ目線になり、村民のすべてとは言いませんが必ずそのところを分かってくれるはずです。ですから職員は、公務の仕事以外のところで村民と付き合いがあれば、いずれ自分が公務で困っている時、「あんたに、お願いされれば仕方がない、協力するよ」的なことが結構あるような気がします。そのような中で、自分を職員として、人間として育ててくれるということも大ありでしょう。

 公務員は、公平・公正でなければなりません。私情をはさんではいけませんというのも正しい考えです。でも、著名な鎌田実という方は、「〇でも×でもない。△もあり」という本を出しています。今もって偉大な総理といわれる大平正芳氏の「ダ円の論理」という考え方は有名な話です。つまり、「ダ円には中心が2つある」という考え方です。その柔軟性や多角的な考えや行動が少しずつでよいでしょうが、公務員にも求められつつある時代に入っていると、つとにこの災害で思うに至りました。復興について、現地の状況を知っている国会議員や国家公務員の方は多様な考え方を持ち、多様に答えを出してくれていますから。それで助かったということがいくらでも経験したことです。

 職員の皆さんの異動希望調査を見せていただいたところ、ここ1~2年中堅職員から「若手職員にもう少し勉強の場を与えて欲しい」とか「村長などともっと話し合う場があってもよいのではないか」等の意見が数人以上から出ていました。大いに反省させられたことです。今年度、そのような機会をつくりたいものと考えています。皆さんもまだまだ復興の仕事に忙しい中ではありますが、都合がつく限り一緒に学んでいきたいと思いますので御参加ください。
人間の魅力や力量は、順路を、いわゆる楽な道を歩いてきて人間と、困難な道を選び、場合によっては「みちくさ」をしながら歩いてきた人や、苦境を乗り越えた方とではとてつもなく大きな差が出てくると、よく言われていることです。

 30年度、決して順風満帆の年度ではないはずです。苦しい道になりそうですし「みちくさ的なこと」もあろうかとも思いますが、それは知らず知らずの内に職員の皆さんの魅力を高め、力量を上げていくということに必ずつながるはずですから。
30年度の今年度もよろしくお願いしたいし、私の足らないところを助けてももらいたいものです。

 以上で仕事始めのあいさつとします。長い間ありがとうございました。