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いいたてむら おかえりなさい式典(平成29年3月31日)

印刷用ページを表示する 掲載日:2017年3月31日

 飯舘村長 菅野典雄

 皆さん、おはようございます。

 私たちのふる里、飯舘村は本日午前0時をもって、6年という長きにわたった避難指示が長泥地区を除いてということではありますが、解除ということになりました。待ちに待った、解除であります。しかし、これがゴールではありません。あくまでも復興のスタートに立ったということです。

 しかし、スタートラインに立てたということは、とてつもなく嬉しい限りです。そのことは これ又、多くの方々のご支援があってのことであります。ここに多くの方々のご協力があって復興のスタートを切ることが出来たという村としての表現の仕方として「いいたてむら おかえりなさい式典」を挙行させていただきました。

 大変お忙しい中、今村復興大臣の代理として復興庁福島復興局長の木幡浩様、原子力災害現地対策本部長の高木陽介様、内堀福島県知事様、そして大谷議長を始め、多くのご来賓のご出席をいただき、式典が出来ること、高い所からでありますが、心からのお礼を申しあげます。ありがとうございました。足を運んでいただいた、村民の皆さまにも心よりの感謝を申しあげます。

 6年前、村民の方を避難させるにあたって、いくばくかの希望をもって避難してもらいたいとの私の強い思いから「2年位で帰りたいもの」という「希望プラン」を示したところでした。しかし、結果的に6年にもなってしまったということ、本当に申し訳ない気持ちで一杯です。しかし、この解除に至るまでの6年間、国の復興への強い思い、県のありがたいご支援、全国の多くの方々の数々の温かな応援や支援、村議会のご理解、そして村民のがんばりなど普段では到底経験できない、多くの方々の熱い思いを私たちの心の中にしっかりと、刻まさせていただいたということも事実であります。

 私たちは、この「おかえりなさい式典」にあたり、3つのお約束をしていく式にしたいと思っています。その1つは、加害者と被害者の立場を超越していくことです。復興を進めるにあたっては、これからも対等の立場で向き合っていくことが大切です。

 2つ目として、災害に遭ってしまった以上、愚痴や不満を増殖していくより、普段であれば到底出来得ないことを1つでも2つでも、いやそれ以上に実現させ 新たな村づくりに挑戦していこうと考えている村にしていこうということです。

 そして3つ目は、何はともあれ復興の基本は私たち村民の「自主自立の考え方」なくしてあり得ないということです。その方向で今後もさらに努力していくつもりですが、いかんせん、放射能災害という特異性ゆえ 我々の自主自立だけでは中々難しいこと多々であります。よって、これまで以上に飯舘村に対して、国と県のご協力をよろしくお願いするところであります。

 この式典の内容について、皆でいろいろ考えました。全国の飯舘ファンの方々へのお礼のあいさつの言葉も新聞広告に盛り込ませていただきました。震災直後、「今度、村に帰られた時には必ず行くからね」と声をかけていただきましたさとう宗幸さんもかけつけていただきました。子どもたちの思いなども盛り込んだ飯舘村らしいあったかい式典になると思います。いろんな方が村のために心を込めてくれたおみやげも用意させていただきました。最後まで十分楽しんでいってください。そして、帰村や復興への志を高めて帰っていただけければ幸いです。

 終わりにあたり、職員をはじめ、多くの関係者の努力に心からの敬意と感謝をささげ「いいたて村 おかえりなさい式典」にあたってのあいさつとさせていただきます。本当に本当にありがとうございました。